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全校集会と留学生の送別行事

1月8日の全校集会では、校長先生から「丙午」にまつわる問いかけがあり、生徒たちはそれぞれに考えを巡らせながら熱心に耳を傾けていました。また、県高校生英文エッセーコンテスト3位入賞と、水泳部の生徒の県大会入賞の表彰も行われました。英文エッセーコンテストでは、日頃の学習の積み重ねが評価され、水泳部の生徒についても、厳しい練習を乗り越えてつかんだ成果として、会場から大きな拍手が送られました。

さらに、生徒指導部長より登下校時の通学マナーについてのお話もあり、改めて一人ひとりが地域の一員として責任ある行動を心がける大切さを確認する時間となりました。

8月から本校で学んだ姉妹校の2名の留学生は、帰国を前に日本語でとても上手なスピーチを披露してくれました。また、生徒会長からは流暢な英語で温かい送別のメッセージが贈られ、会場は温かな雰囲気に包まれました。

短い期間ながら、2人は学校生活にすっかり溶け込み、多くの思い出を共有してくれました。
新たな旅立ちを心から応援し、再び笑顔で再会できる日を楽しみにしています。

1月全校集会 校長講話の中の問とその答え

〇問

「丙午」(ひのえうま)という年はどんな年か

「丙午」の年である1966年生まれの人口はなぜ少ないのか

〇答え

干支(えと)というのは12あって、子丑寅兎辰巳午未申酉戌猪があり、この順番に巡ってきます。古代中国から日本に伝わったもので、時刻や方角など、ものの順序を表す時に用いられてきました。日本では現在ほとんど使用されなくなりましたが、年末年始になると、「来年は〇〇年、今年は〇〇年」と、この時期だけクローズアップされます。

古代中国には、干支の他に、もう一つものの順番を表すものがあります。それは甲乙丙丁戊己庚辛壬癸です。こちらは漢字が10並びますから十干(じっかん)と呼びます。これも古代中国からものの順番を表すものとして日本に伝わり使われてきました。

 中国や日本の年暦つまり年の呼び名は、この「十干」と「十二支」とを組み合わせて呼ぶようになりました。例えば、西暦672年に起こった事件を「壬申の乱」、西暦1868年に起こった戦争を「戊辰戦争」と呼びます。この組み合わせは、60年に1回やってきます。

だから、生まれた年の組み合わせは60歳になる年に巡ってきます。60歳を迎えることを還暦と言うのは、この組み合わせ、つまり年暦が一周りするからなのですね。

 では、今年は十干でいえば何にあたる午年なのか。「丙」です。干支は午ですから「丙午」(へいご)の年となります。丙午(へいご)は「ひのえうま」とも読みます。

実はこの丙午、江戸時代から特別な年として扱われてきました。「丙午」の年に生まれた女性は気性が荒く、一家を不幸にするという迷信が信じられてきたのです。この迷信の元になった実在の人物がいます。それは江戸の八百屋の娘として生まれた「お七」という女性です。

当時の江戸は木造家屋ばかりで、しょっちゅう火事が起こりました。大火事のたびに人々は地域のお寺に避難し、家が再建されるまで寺で共同生活をしていました。天和の大火(1683年)により、お七が暮らしていた家も大火に巻き込まれたのですが、寺で避難生活をしていた時に彼女は庄之助という一人の男性と恋仲になったのです。しかし、街が復興し、二人はそれぞれ自宅に戻り離れ離れとなりました。「また火事になったら庄之助と生活ができる」と思ったお七は、自宅に放火をしました。当時、放火は最も重い罪でした。その後、お七は放火の罪でとらえられ処刑されたのです。この話は井原西鶴によって「八百屋お七」という物語にされています。

お七が丙午の年の生まれであったことから、江戸の街では、丙午の年に生まれた女性が良く思われなくなったと言われています。いずれその迷信が全国に拡がり、子どもの出生にも大きな影響をもたらすようになったのです。

私が生まれた1966年は、実は「丙午」の年です。高度経済成長期に入っても日本ではまだ、このいい加減な迷信が信じられていて、多くの夫婦が子どもを作ることを控えたのです。新生児の数が前年に比べなんと25パーセントも減少しました。

迷信というのは、人が勝手に作り上げたもので、そのほとんどが確かな根拠に乏しいものです。信じるかどうかは人の勝手かも知れませんが、その迷信を人への差別や偏見につなげることはいけません。また、迷信が社会現象となって人々の生活に影響をもたらすことがあってはならないのです。

SNSが普及したことで、迷信や噂があっという間に広がってしまう世の中になりました。その迷信や噂を用いて、人を攻撃し傷つけようとする人たちもいます。また、時には、その迷信や噂がSNSを介して拡大し、まるで真実であるかのように人々を動揺させることもあります。

迷信や噂に振り回されず、常に冷静に真実を求めること。

私が「丙午」の話から学んだことです。

 

 

避難訓練・全校集会

12月24日(水)

大掃除の後、地震が発生した想定で避難訓練を実施しました。

体育館へ無事に全員が避難を完了した後、消防署の方からけが人搬送のための簡易担架の作り方をレクチャーしていただきました。

避難訓練の後、全校集会をしました。

最初の校長先生のお話では先日出走された三田国際マスターズマラソンを引き合いに、目標設定とその達成のための準備の大切さについて三国志の「深謀遠慮」という故事成語を引用しながらしてくださいました。

続いて行われた表彰伝達では、ステージ上いっぱいに文化部・運動部たくさんの生徒が表彰され、文武両道の北摂三田を体現してくれました。

最後の生徒指導部長講話では、フィジカルの重要性と、自転車運転にかかるマナーについて改めて確認しました。

早いもので明日から冬休みとなり、2025年も終わりを迎えます。年明け全員が無事に元気な姿で登校してくれることを願っています。