校長のつれづれブログ

第76回卒業式

 本日、令和5年度第76回卒業証書授与式を挙行いたしました。

令和5年度 兵庫県立伊丹高等学校 第76回卒業証書授与式 式辞

 緑ヶ丘を渡る風が、築山の木々を暖かく取り巻き、芽吹きの力強い息吹を感じさせる今日の佳き日に、県立伊丹高等学校第76回卒業証書授与式をかくも盛大に挙行できますことは、我々教職員にとりましても誠に喜ばしいことであります。

 本日はご多用にも関わりませず多くのご来賓の皆様にご臨席を賜り、76回生273名の門出をお祝いいただけることに厚く感謝申し上げます。

 改めまして保護者の皆様、卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。

 卒業生のみなさんにとっては、新型コロナウィルス感染拡大から、様々な制限が求められた中学、高校の期間でしたが、みなさんはあまたの苦難を乗り越えて、今日の日を迎えられました。そこには、みなさんとともに歩んで来られた保護者の皆様、先生方、友達、先輩や後輩たちの支えがあったことを、どうか忘れないでいただきたい。そして、その感謝を糧に、新天地で活躍してもらいたいと思います。

 さて、県高を巣立つみなさんに、私からお願いしたいことが3つあります。1つは自分の「ボイス」を身に付けて欲しいということ。2つ目は「リスペクト」の気持ちについて、3つ目は「プライド」についてです。

 1つ目の「ボイス」は単に「声」という意味ではありません。誰の「声」とも違う、自分の「声」すなわち「ボイス」で思いを伝える術を身に付けてもらいたいと思います。神戸女学院大学の名誉教授で思想家、武道家でもある内田樹氏は「ボイス」とは、『自分の中の、深いところに入り込んで行って、そこで沸き立っているマグマのようなものにパイプを差し入れて、そこから未定型の、生の言葉を汲み出すための「回路」のこと』だと説明します。これは私なりの解釈ですが、言い換えると、「ボイス」とは生まれてから体にしみ見込んできた様々な「経験知」が融合して湧き上がる「あなた」という混沌を表現する装置だということです。その装置すなわち「ボイス」を経てあふれ出した言葉は、お仕着せの、作られた、きれい事、ではない。あなたの言葉です。朴訥な、しかし、心に染み渡る言葉です。そんな自分の「ボイス」を身に付けて欲しいのです。

 2つ目の「リスペクト」は、私自身が日頃感じている社会的な課題でもあります。近年は他者に対する「リスペクト」に欠けている。世界的には「ダイバーシティ」、いわゆる多様性を認める時代に突入しているはずなのですが、とりわけSNSの世界では、その匿名性を笠に着た「誹謗中傷」が後を絶ちません。その人となりを知らないのに、切り取られた一片の情報だけで他者を攻撃する。それは自己の優位性を確保するためだけの浅はかな手段でしかない。私たちは情報に踊らされるのではなく、正しい情報を見極める力を持たなければなりません。偏った情報を面白がっていると、いつその矛先が自分に向けられるかわかりません。他者に対する「リスペクト」を大切にする社会は、正しい情報を見極め、自分にも他者にも優しい、本来の意味での「ダイバーシティ」を実現した社会だと思うのです。

 最後は「プライド」です。私は「職人」という言葉が好きです。なぜなら彼らは自分の技術に「プライド」を持ち続けているからです。人々をうならせる内匠の技は、長い時間をかけて修得した誰にも負けない「技術」です。それは重ねに重ねた工夫と努力に裏打ちされている。みなさんにもそんな「プライド」を身に付けてもらいたいと強く思います。

 生成AIに代表されるようにSociety5.0社会は、今まで人間が時間と労力を用いてつくり上げてきたものを、素早く、いとも簡単に生成してくれます。しかし、そこには先ほどお話しした「ボイス」も「リスペクト」も「プライド」もない。それらは人間にしかつくり出せない大切なものだと私は思います。

 変化の激しい時代です。自分の「ボイス」を持ち、他者を「リスペクト」し、「プライド」を持ち続ける人こそ、ポストコロナ時代を柔軟に生き抜いて、次代を担いゆく人材だと私は信じます。

 そんな思いを込めて、宮沢賢治の「稲作挿話」という詩の一節を贈ります。

これからの本統の勉強はねえ

テニスをしながら商売の先生から

義理で教はることでないんだ

きみのやうにさ

吹雪やわづかの仕事のひまで

泣きながら

からだに刻んで行く勉強が

まもなくぐんぐん強い芽を噴いて

どこまでのびるかわからない

それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ

ではさようなら

  ……雲からも風からも

    透明な力が

    そのこどもに

    うつれ……

 最後になりますが、本日ご臨席のご来賓の皆様、保護者の皆様、卒業生のみなん、そして、3年間76回生の生徒たちを教え、励ましてくださった学年団の皆様に、高いところからではございますが御礼申し上げ、式辞といたします。

  令和6年2月29日        

兵庫県立伊丹高等学校長 愛川 弘市

           

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