12月19日、20日の2日間、本校主催で課題研究セミナーを行いました。他県のSGH校も含め4校、11名の生徒が参加しました。本校からは未来創造コース2期生(1年)の2名が参加しました。
1日目は午前中、神戸の小野浜公園で炊き出しのボランティアを行い、午後は炊き出しの活動をされているカトリック社会活動神戸センター代表の山野真実子氏から団体の活動の背景や炊き出しに来る方々の置かれている状況などの講義を受け、貧困問題の振り返りを行いました。
2日目は前日の取り組みを踏まえながら、難民事業本部関西支部支部長代行の中尾秀一氏から、開発途上国の現状についての映像や講義を受け、持続可能な都市の開発のあり方を考えました。
地域の社会課題を体験的に学び、グローバルな視点で開発途上国の課題を考え、研究のヒントとする内容をNGOの方と協力し、実施しました。参加した生徒にとっては大変貴重な経験をすることができました。
以下は生徒の感想です。
今回は見えない現実と知らなかった世界を学んだ。1日目は小野浜での炊き出しのお手伝いをさせてもらった。路上生活者の方が対象だった。でも私がイメージしていたのとはまったく違う人ばかりだった。炊き出しの準備中、野菜の切り方を教えてくださった方がいる。早くて、きれいで生活のスキルが高くて驚いた。また炊き出しを配ったときには、人の手から手へなにかが渡るっていいなと思った。その後のお話を聞いて、印象に残ったことがある。それは「ホームレス」の意味だ。家がないわけじゃない。英語のHOMEの意味は家は家でも「家庭」。家庭がない。それが習慣に影響する。そのことが衝撃だった。家庭の大切さを知り、人の温かみを感じられることに感謝しようと思った。2日目は世界の貧困について考えた。まず世界のなかで自分たちがどれだけ恵まれている位置にいるかを知った。その後エチオピアのビデオでは考えられない現状を目にした。改善すべき点がたくさんで驚いた。食料は配給があるけれど、必要としているところに届かない。グループで考えているときに誰かが言った一言がある。配給があるから貧しいわけじゃない、貧しいから配給が必要なのだ、と。本当なら、食料は足りているはずなのに、なぜだろうと思った。コンゴのビデオでは危険なところで必死に頑張っている人がいた。そんな中できるのは、日常の生活とのつながりを考えて変えていくことだと聞き、小さなことが積み重なることで救えるものがあると分かった。この2日間知らないことだらけだった。恵まれていることを感じたし、関心を持てば何かを少し変えることができることも分かった。生きることの難しさ、生活とは何かを学んだ。最後のまとめのときに、どうしても違う世界の人だとかこういう人たちだからいいんだと考えてしまう人がいるという話が出た。みんな同じ人間ということを忘れてはいけないと思った。答えを出すことはきっとできない、でも小さくてもできることはある。もっとこのテーマについて考え、自分ができることを探していきたい。
1日目、私は午前に小野浜公園で路上生活者の方々への炊き出しの手伝いをしました。初めは中華丼の具を作るために、野菜を切りました。切っていると、手伝っていただいている路上生活者の方から早く切れる切り方を教えてくださいました。このご飯を作っているのは、教会の方や私たちのようなボランティアだけではなく、もらう側の方々も手伝っているということを知りました。野菜を切り終えると、それらを中華丼のあん作るために給食を作るような大きな鍋で煮ていました。私も混ぜさせていただきましたが、具が多くて意外と重かったです。この鍋だけでも約200人分の量を作れると聞きました。また、炊飯器は3つあり、これは震災の時から使っていると言っていました。私はご飯係だったのですが、大きい炊飯器でご飯を混ぜるのはとても力が入りました。路上生活者の方々に配った後、私も実際食べさせていただきました。温かく、とても美味しかったです。元々、豚汁とおにぎりというようなイメージを持っていたので、凝っているもの作っていることに驚きました。路上生活者の方々は1人につき2から4杯食べていました。そのあと片付けて、教会に行きました。そこでは、主催者の方にお話を聞きました。その方の話によると、炊き出しは毎週週に火、木、土の3回行っているらしく、曜日ごとに健康や仕事に関する相談をしていて、これらの資金を教会や外資系の企業、チャリティー活動から支援を受けており、時には農家の方から無料でいただくこともあるということを聞きました。また、フードバンクから食事をする時もあるそうで、そこではお菓子やカップめんなどの塩分が多く高血圧になってしまうので、野菜中心の料理にすることを心がけているそうです。次に、水曜日に行われる夜回りについて聞きました。これは夜に路上生活者の方々を回って確認したり、お話ししたりするもので、三ノ宮駅周辺、大倉山周辺で行っているそうです。さらに年末年始には、東遊園地で越年越冬活動をしており、神戸冬の家というものを建てて、ご飯を配ったり、コンサートを開いたりするそうです。次に更生センターについて聞きました。路上生活者方々には、公園や駅で夜を過ごすのですが、そこでは面白がって襲撃をする学生がいるそうで、そのせいで怪我をしてしまう方がたくさんいるそうです。そのために、更生センターという建物があるそうです。これは、無料で寝泊まりできる施設で、神戸には灘にあるそうです。今までは、環境がひどかったのですが今はまだ改善されている方だそうです。私が気になったのは、男女比についてです。路上生活者方は男性の方が多いです。今回の炊き出しでも女性は30人に1人でした。そのため質問してみると、男性の方がこのようになりやすいのは、根本的に男女の違いが関係しているのかもしれないとおっしゃっていました。初めて知ったことは、路上生活者の方々は、決して何もしていないのではなく、朝早く起きて缶拾いをしたり、工事現場で働いているということです。仕事の中にも飯場というものがあり、これは住み込みで働いてお金を稼ぐという仕組みなのですが、電気代や水道代を給料から抜かれてしまうため残るお金は少ないそうです。仕事を見つけて、働けばいいと思うかもしれませんが、路上生活者の方々は住所がなく、仕事につくのに多くの手続きが必要なのだそうです。元々、路上生活者の方々には子供の頃の生活が影響を与えていることが多いそうです。つまり、十分な教育も受けないまま労働力として扱われていたということがあるのだそうです。路上生活者の方々の中には家族があり、家もあるという人もいるそうです。何かしらの理由があるそうなのですが、ホームレスの方はあくまでもハウスレスでは無いそうです。このようなお話を聞いた後、私たちはグループに分かれて、もし、家に帰って壁がなくなっていたらどうするというテーマのもと話し合いをしました。
2日目は世界の貧困について学びました。まず、私たちが世界でどのような位置に置かれているのか、ということを考えました。豊かな方だということをは知っていましたが、想像よりはるかに豊かだということを知って、驚きました。次にエチオピアの動画を見ました。エチオピアは貧しいと言われている国の一つです。動画では、イギリス人がエチオピアのキルコス村の家にホームステイするという内容でした。動画を見ていると、この国の問題点がたくさんあるということがわかりました。まず食料についてです。食料は、国からの配給で賄うはずなのですが、そもそも量が足りないのです。配給は2ヶ月に1度あるのですが、そこでもらえる量は1家庭25gしかもらうことができなく、これは1人分に相当する量です。そして配給が尽きたら、「キャベツ」と呼ばれる雑草のようなものを食べるそうです。そのせいか18歳の少年は12歳のようにしか見えませんでした。しかし、この配給をしている政府はなんの対応もしていませんでした。次に産業についてです。ここの土地では気候の問題で食物が育ちにくいこともあり、農業で稼いでいるようには見えませんでした。最後に衛生面です。基本的にはお風呂には入らないため、ベッドの上はフケだらけでとても不衛生でした。そして、川にはそのまま排水するそうです。この中でより問題だと思ったのは、彼らに知識が無いということです。そのせいで、怪我をしていても、病気になっても放っておいたりしてほんとは治せるはずなのに、放置していたせいで死んでしまうことがあるからです。このようにこの村の人々は自分たちが置かれている状況、現状がわかってないんだなと思い、それと同時に知るべきだと思いました。次に血塗られた携帯電話という動画を見ました。これはコンゴ民主共和国の話でした。ここには、鉱山があり、そこから携帯電話などに使わられるコンデンサーの材料になる鉱石を取ることができるので、とても需要があるものです。しかしそれのせいで紛争が起こっていると言っても過言では無いのです。まずこの鉱山まで行くのには、許可をとる時間や移動時間のためとても時間がかかります。この動画の時には、国連のヘリコプターをも飛ばないような状況だったので、取材者は鉱山を運ぶための飛行機で送ってもらっていました。ここでは武装勢力が鉱山を仕切って、多くの人を働かせて、重い税を払わせています。本当の値段の約200分の1のお金しか払っていません。そしてそのお金で、武装勢力は銃などの武器を買い戦争を続けようとしているのです。また鉱山では、幼い子供が働くこともあります。しかし、坑道の中にはとても暑く、人だらけで、それに無作為に掘っているせいでいつ崩れてもおかしく無いのです。そもそもこのような環境ではいつ人が死んでもおかしくなく、実際にも多くの人が亡くなっています。けれどもこの国にはこれしか仕事が無いという現状がありました。そのために先進国は何ができることは、鉱物の需要を無くすことです。しかしこれではコンゴの人は仕事をなくしてしまいます。けれど紛争などは、ましにはなります。これが問題解決なのかというと、はっきりとそうとは言えませんが、これによって一歩近づくのかもしれないなのです。
私はこの2日間は、初めて知ったことだらけでした。1日目は炊き出しを体験しましたが、初めて面と向かって路上生活者の方々とお会いしました。正直言って私とは関係無い世界の人だと思っていたので、はじめ見た時は少し怖かったし、あまり関わりたくなかったです。しかし交流したり、お話を聞いたりするうちに、私が元々持っていた偏見が少しずつ変わっていきました。それとともにボランティアでこのような炊き出しなどを行っている団体は、びっくりするくらいすごいなと思いました。愛があるからこそできることなんだなと思い、私もそのような人になりたいと思いました。2日目は世界の貧困の状況を見て、なんともいえなくなりました。私たちのような子供ですら十分な教育を受けないまま、十分な栄養を摂らないまま仕事をしていました。これを見て、私たちは何ができるのかというのを考えさせられました。まだ明確な答えは見つかっていませんが、考えることができる機会があっただけでも良かったと思います。この2日間で私は物の見方が変わりました。本当に貴重な体験がでてよかったです