「これはね、ほんの小さな物質から、ものすごい量のエネルギーを生み出せるってことなんだよ」
そう語る友人はニコニコ笑顔だった。
ある日、電話越しに友人が「美術館に行きたい」と言った。また私の手元には前回の展覧会で答えたアンケートで当たった招待券が2枚あった。
それじゃあ丁度いいと、2人で横尾忠則現代美術館に赴くことにした。
この友人とはそこそこ相性がいい。とにかくお互い話すのが止まらない。私も友人も、陽気なサイコパスこと、ENTPらしい。
美術館の中でも小声でずっと話し続けていた。
平日の開館直後。人は少なく、私たちの声が響く。とにかく話した、話しすぎた。話すぎたんだったら、ここに会話の記録を残そうと思う。
「ゴッホ!ゴッホだよ!!!」
もう横尾忠則現代美術館で観る展覧会は4つ目になっていた私は横尾忠則作品では様々な人物が登場することを知っていた。しかしゴッホは見たことなかったので、かなり嬉しくはしゃいでいた。
「これ顔だけゴッホで、服装が違うんちゃう?」
「ゴッホの顔だけピタって貼られてるっこと?」
「そうちゃう、何か下にRobinson Crusoeって書いてるわ」
「誰や、私調べてみるわ」
「「「うわ、めっちゃこれやん」」」
調べて出てきた『ロビンソン・クルーソー』の初版扉絵には同じような服装の男性がいた。よく見てみてると、その男性は片手に銃を持っていた。つい1分前まで、私は「このゴッホ、スッポン持ってるよ!トイレをポッてするやつ!」とか言ってた。ロビンソンさん、ごめんなさい。思わぬ答え合わせだった。
「というか、この横にある絵もロビンソン・クルーソーじゃない?」
「わ、ほんとだ」
「お、E=mc2って書いてるやん」
美術館前のポスターに載っている絵を見て、友人が言う。友人はゴリゴリの理系だ。
私たちは3階に向かった。2階よりもさらにカラフルな絵がずらーーっと並んでいるので、私たちのテンションも上がっていた。
先に進んでいた私が振り返ると、友人は絵の前で立ち止まっていた。友人はニコニコ笑顔だった。知ってる、これはとにかく話したい時の友人だ。
少し戻って、2人で絵の前に立つ。
E=mc2
「これはね、ほんの小さな物質から、ものすごい量のエネルギーを生み出せるってことなんだよ」
「原爆とかさ、ほんとにちっさい物質からあそこまで大きな爆発を生み出したんだよ」
たぶん友人はもう少し色々話してくれたと思う。それはもう、すごいニコニコで。
こういう時の友人は毎回分かりやすい例を挙げて説明してくれる。ただし私は内容をほぼ理解できていない。この時も友人の話を聞きながら「トイレットペーパーがパンダの耳っぽくね」など、ぽやーーーっと考えていた。聞いてないわけじゃない。中高時代の勉強不足で、私に予備知識が足りないだけだ。あんまり内容は理解してないけれど、友人が理系分野を話してくれるのは好きだ。本人すごく楽しそうだし、普通に話が上手いので面白い。
とにかく、私は「E=mc2はちっさくても大きなエネルギーになるっていうやつ」という浅い知識を手に入れた。
横尾忠則作品は、会話のタネの宝庫だと思っている。古い小説や実際の人物、さまざまなものから影響を受け、ときにそれが画面上に現れている。
それを一つ一つ紐解きながら、作品を鑑賞する。
しかも今回は特に知的好奇心の高い2人が集まった。会話が弾むのも当たり前だ。
私たちは他にもランボーと乱歩とアランポーがあまりにも語感が良すぎて笑ったり、この絵はあの絵の点対象じゃないのか、アインシュタインが絶妙にいやらしく手を回しているのはどうなんだ、など色んなことを話した。
どれも作品を見なければ、絶対にしないような話ばかり。というか日常会話でほぼ出てこない人物のことばかり。
元々物知りな友人は置いておいて、私も物知りに少し近づいたような気がする。とりあえずロビンソンさんとE=mc2について知れたので、一歩成長した。うん、そうに違いない。
ちなみに、寒山百得展を大いに楽しんだ友人はその後、ミュージアムショップで点対象かあーだこーだで会話になった絵のトートバッグを購入していた。
「このトートバッグの話になったら、『これ?美術館で買ってん』って言うわ」
既に、結構ドヤ顔だった。