もうすぐ1月17日ーその2 <校長ブログ310号>

阪神・淡路大震災からもうすぐ22年。昨日は17日の朝のことを書きましたが、今日はその後のことについて・・・
1月17日、組織的な動きができないまま、午後、一度家に帰って非常食料とカセットコンロを購入。夜、再び学校に出勤。しかし校内はすでに周辺住民の方々で廊下も人でいっぱい。電気がつかないので何もできず、グランドで焚き木の炎がむなしく明かりを灯していた。
18日、水道の出た我が家から市内の親戚に水を配り回って、夕方に出勤。校長と2名の職員だけだったので一度家に帰って、水、座布団などを持って夜中に再び学校に。神戸市から4名の市職員が来て一緒に宿泊。
19日、おにぎりの配給。一人1個。約2千名の避難者に分担を決めて配給。前日の夕方、バナナ1本の配給に人が殺到した体育館の配給は全員で。「おにぎり1個です」と大きな声をかけて配った。文句を言う人もいたが、「お兄ちゃんおおきに」と言って笑顔で受け取ってくれる人も。そして、ひざまづいて手を合わせて拝むように「ありがとうございます」と受け取ってくれたご老人の方には涙が止まらず、「こんなものしかありません。申し訳ありません」と心の中で叫んでいた。
20日、家にいて生徒宅に電話連絡。近くのコープで1家族につき牛乳2本、ラーメン2個、卵2パック、キャベツ1個の制限だが購入。夜、理科実験室に避難している児童福祉施設の方々に内緒でおにぎりの差し入れ。そのあと市内東灘区の知り合い宅に安否確認。
当時は、とても学校が再開される気はしませんでした。ただただ「生きててよかった」と思うだけでした。自分が生まれ育ってきた街の崩壊ぶりに何度も涙し、24時間中、ずっとどこかでなり続けているサイレンの音に頭が麻痺していたように思います。二度と経験したくない思い出です。
<全国各地から消防車が応援に駆けつけてくれました>
<勤務していた学校では記録集をつくりました。改めて読んで見ると当時を思い出します。でも、やっぱり辛い思い出ですね>
震災の教訓を後世に。北高生のみなさんも防災に対する意識は常に持ってください。いつ、どこで、何があっても慌てずに。夢を叶える北高で目標に向かって全力で努力する北高生!応援します!!(校長 平松紳一)