もうすぐ1月17日 <校長ブログ306号>

もうすぐ1月17日です。1995年1月17日、阪神・淡路大震災から22年が経とうとしています。最近、新聞やテレビなどで阪神・淡路大震災に関する報道が増えてきました。今の北高生は生まれる前のことですから、もちろん知る由もありませんね。
当時、私は神戸市長田区にある県立高校に勤務していました。北区にあった自宅は大きく揺れましたが、壊れたのは食器棚にあった食器と壁紙が破れたくらいで、すぐに停電のため情報もないまま車で出勤しました。北区から長田区に入ると様子は一変して、学校周辺の家は崩れ、ガス臭がして、周辺で黒煙が立ち上がり、車のラジオからは記者の信じられないような実況が流れていました。「これはえらいことになったな」と思いながら学校に入りましたが、生徒は当然いません。職員室も化学準備室も机やロッカーが大きく乱れて、パソコンのモニターは床に落ちて…そして電話がつながらないので誰にも連絡ができませんでした。もちろん携帯電話は持っていない時代です。管理職不在で、出勤した6、7名で校内を点検して回りましたが、とても授業ができる状況ではありません。よく食べに行っていた近くのうどん屋に行ってみると大将も呆然とし、すぐ近くの高層階の住宅は1階がなくなって中に人がいるというのですが何もできません。近くでは火災が発生し始めているのですが、消防車の姿もなく、サイレンの音は遠くの方からしか聞こえません。やがて避難所に指定された隣の小学校が倒壊の恐れがあるという情報で多数の住民の方々が本校に来られました。着の身着のまま、怪我をされている方もおられて、ほとんどの方がただ呆然と校内のあちらこちらに座り込むだけ、私たちも何をして良いのか、何ができるのか、無力感でいっぱいだったことを思い出します。
<職員室>
<化学準備室>
<グランド>
今、日本各地で大きな地震が頻発しています。2011年の東日本大震災はその最大規模の地震でしたが、近い将来、東海地震、南海地震は必ず起こります。これは地球の構造上、どうしようもないことです。その自然現象に対して、私たち人間がどのように被害を小さくとどめるのか(減災)、自分の身をどのように守るのか(自助)、被害を受けた後、周りの人とどのようにして助け合うのか(共助)について、ぜひ、友達どうし、ご家族でも話し合っていただきたいと思います。若いみなさんの力はとても大きな力となります。
夢を叶える北高で目標に向かって全力で努力する北高生!様々な場面で活躍すること、応援します!!(校長 平松紳一)