日別アーカイブ: 2018年1月13日

演劇科の視察訪問 <校長ブログ656号>

1月12日(金)
日本特別活動学会副会長の佐々木正昭先生と甲子園大学の岡邑 衛先生が演劇科の視察に訪れ、授業を見学されました。
1時間目、アポロンホールで3年生の最後の「劇表現」の授業です。まずは「ういろう売り」を全員が動きながら、踊りながら、後ろステップなど、5人の講師の先生の指示を受けながらのウォーミングアップ。そして、あっという間に5チームを作り講師の先生もチームに加わっての「雪だるま」は、アポロンホールを一杯に使って競いました。最後に先生方の前で各チームが「雪だるま」の表現を競い、拍手で1位から5位を決めました。その罰ゲームの後は、屈伸しながらの発生練習、そして輪になって「来年の4月の私」を一人ずつ、これも腹筋を鍛える練習と合わせてゲーム感覚です。さらに背筋を鍛える練習と合わせて「初春」をテーマに俳句を詠み合う。いずれも生徒たちの思いもよらない発想に思わず笑い転げそうでした。ラスト10分、「0・0・7・バーン・ウォー」と「0・0・9・シュー」? 説明は省略しますが、このゲームで勝ち残った人による丸ゲームをみんなで見て賞賛して休憩に入りました。50分全て全身を動かしながらの授業に、そして指示されたことに素早く反応して動く生徒たちに、私も大学の先生も感心させられました。さすが3年生。これまでの3年間で鍛え上げられた成果が良くわかりました。
休憩を挟んで生徒たちは19日の卒業試験の練習に入りました。19日、私は2年生と修学旅行に行っているので、今日、3年生のパフォーマンスを楽しませてもらいました。演劇科31回生のみなさん、19日もクラスみんなで素晴らしい作品を披露してください。
  
  

『止むは吾が止むなり。進むは吾が往くなり』良き友と共に、夢を叶える北高で目標に向かって全力で努力する北高生!応援します!!(校長 平松紳一)

5時46分 <校長ブログ655号>

1月12日(金)
今朝も寒い朝でした。5時46分、外はまだ暗がりで街頭の灯りでしか辺りを見ることはできません。23年前の1995年1月17日、こんな暗い朝に激震に見舞われたのでした。
私は神戸市北区に住んでいます。あの日、寝ている自分の首の後ろを、まるで猫のようにつままれて、何度も落とされる夢でも見ているか、と思う揺れでした。食器棚の食器が飛び出して、大きな音を立てて割れ、冷蔵庫の当時一番上にあった冷凍庫から硬く凍った冷凍食品がゴロゴロと落ちてきました。「関西に大きな地震はない」とまるで迷信のように信じ切っていた自分たちは、その揺れの大きさに何が起こったのかわかりませんでした。揺れが小さかった北区でこれでしたから、揺れの大きかった神戸市の南部の地域では、「ジェットコースターのようだった」というのも事実だったのでしょう。
当時勤めていた神戸市長田区にあった高校は、約1年間、避難所となり、北区の県立高校のグランドでの仮設校舎での学校生活を余儀無くされました。いま、思い出しても、二度と繰り返されたくない震災です。
<震災の朝、私の勤めていた学校の職員室>
<化学教室の戸棚のガラス器具も粉々でした>
地震は必ず繰り返し起こります。近く必ず起こる南海トラフ地震に対する「備え」も絶対に必要です。その時、何ができるか、平常心の今こそ考えておくべきです。
『止むは吾が止むなり。進むは吾が往くなり』良き友と共に、夢を叶える北高で目標に向かって全力で努力する北高生!応援します!!(校長 平松紳一)