阪神淡路大震災、東日本大震災追悼行事

阪神淡路大震災から19年目を数える1月17日(金)、東日本大震災から3年目となる3月11日(火)、いずれも1限目授業開始時に全校生徒・教職員が黙祷を捧げ追悼の時を持ちました。1月17日には黙祷の前に、本校から東日本大震災被災地支援活動に参加した生徒が、現地での活動や感じたことを放送で全校生徒に語りかけました。来年には阪神淡路大震災から20年目を迎えます。被災地の支援活動が防災への意識につながって行くことを期待します。

以下は、その生徒の東日本大震災被災地支援活動に参加した感想です。

私が一番印象に残っているのは、大川小学校に行った時の事です。大川小学校の被害は以前にニュースで見た事はあったのですが、実際訪れると想像以上の被害のひどさにショックを受けました。枠組みしか残っていない校舎が、多くの幼い下級生達や先生方が犠牲になったということを物語っているように感じました。大川小学校のグラウンドに立った時、「ここにはまだ行方不明の生徒が埋まっているかもしれない」と聞くと、胸が痛くて涙が出ました。悲しみの気持ちとともに、「なぜこうなってしまったのか」という怒りの感情も生まれました。でも本当に誰のせいでもないので、誰も責められないなと思いました。そして「こんな悲しい出来事は、二度と起こってほしくない」と強く思いました。

石巻西高校での校長先生のお話では、私の心に残る言葉がたくさんありました。まずは「あなた達は災間を生きているのだから、風化なんて事はありえない」という言葉です。私達の中で東日本大震災は、過去の事として忘れられつつあるけど、それは絶対にいけないなと思いました。私達も自分達に起こった事という意識を持って、次に起こる災害に備える必要があると思ったからです。それから「『死んだ』と『いない』は違う。遺体が帰って来るまで死んだとは思えない」という言葉です。「ある日突然、自分の周りの人がいなくなったら…?」と考えると、とても怖くなりました。  今もまだ東日本大震災で、行方不明となっている人が何百人、何千人といます。その事実を私達はちゃんと知っておかないといけないと思いました。最後に「『顔の見える関係』を大切にしなさい」という言葉です。最近私はパソコンや携帯などに頼って、人と会う事をおろそかにしてしまう事が多いです。でもいつ何が起きるか分からないから、出来るだけ会って会話をするようにしようと思いました。それは被災した校長先生の言葉だったので、とても重く感じました。  大谷や唐桑でのまちあるきでは、震災での被害が、車の残骸や曲がったガードレール、津波石や崖崩れの後などからよく分かりました。もう復興はだいぶ進んでるのかなと思っていたけれど、野原に乗り上げた船がそのままだったり、田んぼだった場所が草むらになっていたりする様子を見て、復興はまだまだなんだなと感じました。

私がこの活動に参加して特に感じた事は、2つあります。  1つ目は、人との出会いの大切さです。兵庫県の中高生や先生との出会い、宮城県の中高生や先生との出会い、宮城県の大谷や唐桑といった地域の人たちとの出会い…その多くの人達との出会いの中で、考えさせられることが本当にたくさんありました。「一期一会」という言葉があるように、その人達ともう二度と会う事はないかもしれません。だからこそ人との出会いを大切にしていかなければならないと、改めて感じました。  2つ目は、この活動で見たり、聞いたりした事を、伝えていかなければならないということです。そしてこの活動で学んだ「災間を生きる」という考え方を、より多くの人に広めていくことが、今後の災害での被害を少なくする事に繋がると思いました。自分1人にできることは限られています。しかし伝えていく事によって少しでも多くの人が震災の事をもっとよく知ってくれれば、復興の手助けになるのではないかなと思いました。

この活動で学んだのは、震災の事だけではありません。リーダーの重要性や集団生活の難しさなど、たくさんあります。これらの事を日々の生活で活かしていきたいです。 このような貴重な機会に参加できて本当に良かったです。ありがとうございました。

 

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