天を仰いで 598 プリンス池のカイ

なぜ「プリンス池」と呼ぶのか?誰も知りません。校長室にある最も古い記念誌『六十年の歩み』には「プリンスの池」と、「の」が入っています。確かに、明治43(1911)年、恐らく旧制中学校の10周年を記念して、当時、皇太子だった大正天皇が来校されています。「東宮台臨記念碑」と乃木希典大将の筆跡で刻まれた石碑もあるぐらいですから、皇太子の行啓があったのは間違いありません。

誰が言い出したのか、その時、皇太子殿下が立たれる山を築くため土を掘り取った場所が池になったという、まことしやかな話まで伝わっています。これなら「の」が入っているのもわかります。ところが、本校が緑ヶ丘に移転したのは昭和16(1941)年ですから、まったく辻褄が合いません。

60周年記念誌には、最初は水田のような浅い池であったものを、昭和32(1957)年に 自衛隊が重機で深く掘ってくれたという話が載っています。今のようにコンクリートで整備されたのは、平成4(1992)年の90周年記念事業の時だったと、山内博先生がおっしゃっていたななどと思い出しながら、池の周りをまわっていると、腕を4か所も蚊に食われました。「これがホントのプリンス池のカイー?」などと独りごちて喜ぶ令和3(2021)年盛夏w。

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