天を仰いで 354 歴史の証言者

伊丹署を出て、近くの市立伊丹高校に行きました。市高は本校の源流の一つ、大正10年(1921)に開校された県立伊丹高等女学校があった場所です。当時の校門が保存されていると聞いていました。ということは、本校に残る旧制中学校正門とほぼ同じ時代のものです。ぜひ拝見したいと思っていました。

グラウンドの北側に、大きな2基の門柱と小さな脇の門柱が1基残っていました。いずれもレンガ風のタイルが張られた石造り。頭頂部には飾り彫りが施されています。凛とした気品の中にも優美さが感じられるのは、「高女」の門だと思って見るからでしょうか。横には昭和57年(1982年)に80周年を記念した同窓会(丹鈴会)の石碑が立てられていました。

かつては門柱の上に白い球が飾られていました。なぜわかるかというと、何枚か昔の写真があるからです。うち1枚は、昭和9年(1934)、大阪城に駐屯していた帝国陸軍第4師団の師団長、東久邇宮稔彦王(当時)が立ち寄られた時のものです。わずか11年後には、総理大臣として戦後処理の重責を担われる方です。大正から昭和へと時代が激動する中、この校門は高女生たちを守り続けてくれました。

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