天を仰いで 227 学問の地

学食がお休みなので、昼御飯は近くのコンビニまで弁当を買いに行きます。今日は途中、学校のすぐ前にある史跡「伊丹廃寺跡」にちょっと寄り道。昭和33年、畑を耕していた人がたまたま銅製の水煙を見つけました。その後、発掘調査が行われ、奈良時代の初め、この地に法隆寺と同規模の金堂や五重塔、講堂などの大伽藍があったことが明らかになりました。

写真は金堂の基壇です。実物の基壇は埋設保存されていて、見えているのは公園整備の際に造られたものです。小石は柱が立っていた場所を示していますが、なんという太さでしょうか。ここに法隆寺金堂のような桁行(けたゆき)五間、梁間(はりま)四間の堂々たる木造建築があったと想像するだけでワクワクします。

奥に見える赤い電波塔は陸上自衛隊中部総監部ですが、あのあたりに講堂があったそうです。講堂というのは仏教を教え、学ぶ場所、いわば「校舎」です。当時の日本にとって、仏教は最も新しい学問だったはずです。いにしえの昔から、多くの人々が真理を懸命に追い求めた同じ場所に本校がある。そんなことが嬉しいなどと言ったりすると、「県高偏愛」が過ぎると笑われそうですね(^^)。

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