天を仰いで 207 しぐれに寄する叙情

天気予報どおり、午前中に少し雨が降りました。バラバラっときたかと思ったら、もう止んでいます。アプローチまで出てみると、路面に水たまりがいくつかできていました。小さな水面に、まぶしい太陽と流れる雲と枯れた枝が映っています。晩秋初冬の冷たい通り雨を「時雨(しぐれ)」と呼びます。ふと、光厳院の歌(御製)を思い出しました。

夕日さす落葉がうへに時雨過ぎて庭にみだるる浮雲のかげ

院は北朝初代の天皇として歴史に翻弄され、晩年は出家し、政治の舞台から遠ざけられました。歴代天皇126代にも含まれない「不遇の帝」なのかもしれません。しかし、一方で、勅撰集(風雅集)を自ら撰集した稀有な天皇であり、たくさんの歌も残されておられます。それらを拝読すると、どのような境遇にあっても、心の自由や平静を求めようとした方ではなかったかと想像したくなります。

京都市の北部、北山の懐深くに常照皇寺はあります。ここで光厳院はお亡くなりになりました。小さなわびしい禅寺です。しかし、春になると桜や牡丹が美しく、この季節、紅葉もまた美しい。これまで何度も行ったことがありますが、また行ってみたくなりました。

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