令和7年度 第3学期 終業式 校長講話

 みなさんお早うございます。令和7年度最後の終業式となりました。いよいよこの4月から、2年生は進路実現の年を迎え、1年生は文・理・特色類型に分かれて専門性の高い学びに向かうことになります。みなさんしっかり前を向いて、歩みを刻んでいきましょう。

 さて、最後の終業式にあたり、私からみなさんに、私の実体験を元にした、二つの話をしたいと思います。一つは「何事も楽しんで取り組まないと損だ」という話。もう一つは「人との出会いは奇跡だ」という話です。

 高校時代の私は、勉強が嫌いで、学校の行事にも意味を見い出せない無気力な生徒でした。毎日がつまらなくて、いつも教室の窓から外ばかり眺めていました。当然のごとく成績は振るわず、大学進学にも失敗し、親に言われるまま予備校に通うことになりました。浪人生活も結局今までと何ら変わらず、無気力に始まりました。予備校でもクラス開きなるものがあって、リーダーっぽいやつが突然、「みんな浪人だからって暗くならずに、このクラスの親睦を深めよう。そのために、みんなでソフトボール大会をやろう」と言い出しました。当然私は参加もせず、その様子を離れた場所から眺めていました。楽しそうに走り回っているみんなの姿を見て、そのとき気づいたのです。「俺って、なんてつまらん毎日を送ってるんやろう。今までめっちゃ損してたな」と。それは私の生き方が変わる瞬間でした。

 それから私は何に対しても「面白がってチャレンジする」ことにしました。「面白がる」という言葉には、人を馬鹿にするような悪いイメージがありますが、もともと古語の「面白し」は「面」すなわち顔が白くなる、わかりやすくいうと目の前がぱっと明るくなるという様子を表す言葉。つまり、「面白がる」には自分が明るくなる、ひいては、周りの人をも明るくするという意味があるのです。みなさんにも是非、尻込みすることなく、面白がっていろんなことにチャレンジし欲しいと思います。

 二つ目の奇跡の話。私は大学を出てすぐ、縁あって京都の私立の高校に採用されました。そのままずっと京都に住み、そこで働くつもりでしたが、いろいろあって一年で退職しました。その後、兵庫県に戻り、平成元年に採用されました。初任校で妻と出会い結婚、2人の娘を授かりました。もし私がそのまま京都で勤めていたら、妻と出会うこともなかったし、子どもたちと出会うこともなかった。考えてみると私の両親も妻の両親もきっと同じように出会い、私や妻を産んだに違いない。もし違う「出会い」があれば私も、妻も、子どもたちも、ここに存在していないのではないか。ということは、1人1人の命そのものが奇跡なんだと、私はそんな風に感じています。

 茶道に「一期一会」という言葉があります。人との出会いは一度きりだから、心を込めてもてなす、という意味です。今ここにいるみなさんは昨日と今日とでは違う、当然私も新しい私です。ここに集っていることこそ奇跡、だから日々を大切にして欲しいと思います。

 みなさんはこれからも、たくさんのことことや人と出会い、奇跡を得るでしょう。その奇跡を大切にし、いろんなことを面白がって人生を豊かにしてください。変化の激しいこの時代に求められる、幅広い視野を持つこと、そして、柔軟に物事に対応する力は、そういう姿勢から自然と身についてくるものだと、私は思います。

 終業式後、私が退場する際、生徒会長から花束をいただき、花道までつくっていただきました。先生方、生徒のみなさん、西高は最高の学校です。二年間でしたが、校長として、みなさんに支えられながら、とても充実した日々を過ごすことができました。本当にありがとうございました。