ある学校で担任をしていたときのこと。私の所属する学年の主任が、職員室に大きな豆のさやのようなものを持って入ってきた。
「愛川さん、これなにか分かるか」主任は生物の先生なので、私は「豆の種類だと思いますが、こんなに大きなものは見たことがありません」と応えた。すると主任は、「学校のグラウンドのある場所から今取って来たんやけど……、これ何かの種やねんけど、なんの種か分かるか」ニコニコしながら私に尋ねてくる。頭の中でグラウンドを思い描きながら考えたが、そんな大きな豆を植えているところなど見当もつかない。考えあぐねていると、「これは藤の種や。これを見たら藤がマメ科なのがよく分かるやろ。身近なところにもこんな生きた教材があるんや」。
今から30年以上も前の話である。その後、その先生はある高校の校長になられたが、退職の年、最後の卒業生を送り出した後、急逝された。病を押して最後を勤め上げたのだった。
今でも藤棚を見ると思い出す。あの優しい笑顔と、「生きた教材」という言葉を。
