ぶらり相生第25号「海老名(えびな)氏」

 鎌倉幕府成立後の承久3(1221)年、後鳥羽上皇は幕府打倒の兵を挙げます。源氏勢の結束は固く、幕府側の勝利に終わります。世にいう承久の乱です。当然のこととして、上皇に味方した武士の所領は没収されることになります。この時、東国武士は西国へ大きく進出しました。相生の矢野荘を支配していた惟宗(これむね)氏は上皇方に味方したので、領地没収となり、相模国(さがみのこく)の御家人海老名氏が勢力を広げることになります。海老名氏がまれのことから「相生」の文字をとり、「おお」の地名にあてました。詳しくは、「ぶらり相生第2号」をご覧ください。
 海老名氏は大島の地に山城(長治元(1104)年築城、建武3(1336)年新田義貞の播州攻めで落城)を構えます。さらに海老名氏は相生の地に、那波八幡神社、旭弁天社、相生天満神社を創建します。
 現在もその遺構をみることができます。現在の相生に大きな影響を与えた人物であることは間違いないです。