ぶらり相生第19号「宮本武蔵の相撲絵」

 宮本武蔵というと剣豪と知られ、佐々木小次郎と巌流島で決闘をするなど、各地で数々の決闘を行います。誕生にまつわる説については、兵庫県の高砂市・太子町、岡山県の作東町など今だに結論が出ていません。
 武蔵が著した『五輪書』には、剣の道のことが詳しく述べられています。現在の宮本武蔵像は、吉川英治の『宮本武蔵』の影響が大きいと思われます。
 さて、相生に宮本武蔵に関係する作品が残されています。武蔵は、剣術はもちろんのこと、作庭(明石城)、絵画、書などさまざまな才能をもっていたことでも有名です。
 そのうち、絵画に関するものとして、矢野町小河(おうご)の小河観音堂の寺宝である相撲図が保存されています。武者修行中であった武蔵が、槍の達人であった岡平十郎を訪ねた時に描いたものとされています。描かれているのは、野見宿彌(すくね)と当麻蕨速(たいまのけはや)の相撲図です。野見宿彌は、天穂日(あめのほひ)命の14世の子孫であると伝えられる出雲国の勇士です。第11代垂仁天皇(紀元前29年から70年まで在位)の命により、相撲をとるために出雲国より召喚されたといわれています。当麻に勝ち、大和国当麻の地を与えられ、垂仁天皇に仕えることになります。
 また、埴輪・古墳など葬送儀礼に関わったといわれ、土師臣(はじのおみ)の姓が与えられます。土師氏の中には、姓を菅原に改めた氏があり、その菅原氏から公家の五条家が出、五条家は野見宿彌の子孫であることから相撲司家となったとされています。
 宿彌は、播磨国立野で病により死亡したことから、相生の隣、たつの市に野見宿彌神社があります。