読書の意義

校長 西 茂樹

 毎日新聞社・社団法人全国学校図書館協議会の「学校読書調査」によると、小学校から高校までの児童生徒の約9割が「本を読むことは大切である」と認識しています。にもかかわらず、1か月間に1冊も本を読まなかった児童生徒の割合は、小学校、中学校、高校へと進むにつれて次第に高くなっています。また、文化庁の「国語に関する世論調査」においても同様の結果が出ており、大人になるとその傾向は顕著になります。このことは、年齢が進むにつれて「読書離れ」の傾向が強まることを示しています。その背景には、携帯電話やスマホの普及、インターネットの整備等により、私達がそれらを通していつも誰かとつながっていないと不安で仕方がないという病理現象が蔓延し、「個」の時間の多くをその操作に費やしているという現実があります。こうした現代社会を「つながりすぎ社会」であると評する人もいるほどです。
 こうした現状にあって、「本を読む」機会が失われ、その意義が次第に忘れられつつあることが残念でなりません。文化の在り方について論じた石井洋二郎氏の著書『マイカルチャー・ショック』に「誰もが獲得目標とすべき規範としてのハイカルチャーが消滅し、青年にとっての必読書を一冊挙げることさえ困難になった」という一節があります。かつて、夏目漱石や芥川龍之介の多くの作品や、志賀直哉、井伏鱒二、川端康成、井上靖などの著作が青年期の「必読書」とされていました。しかし現在、「個」の時間の過ごし方において、全体的で共通のものだった、ハイカルチャーの源となっていた、読書を通して得られる「教養」が蔑ろにされているように感じます。
 青年期とは、石井洋二郎氏が言うような、自己の内部での「マイカルチャー・ショック」を繰り返す時期だと思います。その際、強い影響力を持つのは、「自分よりもすぐれた他者」ではないでしょうか。自分にない考え方や自分よりも優れた考え方にふれたとき、今までの自己が強く反省され、自己の内部で地殻変動が起きるのです。本によって「自分よりもすぐれた他者」に出会い、自分いう人間が「更新」されていく――その営みこそ、読書の意義だと思います。
 また、「相手が自分に割いてくれた時間が、自分の価値を表す」と言う人もいます。たとえば、誰か尊敬する人を現実に訪ねたとしても、その人が持っているものを、あなたに何時間もかけて講義してくれるなどということは、不可能でしょう。だからこそ、読書は必要なのです。
 皆さん一人一人がこうした読書の意義を再認識し、読書を通して自分という人間が「更新」され、人間的にさらに大きく成長してくれることを切に期待しています。