ぶらり相生第8号「戦国時代の鐘 ここ相生にあり」

 前号に続き、本号も相生の戦国期にまつわるぶらりです。数奇(すうき)な経緯をたどった鐘が、JR西相生駅北西約400mの相生市佐方の慈眼寺(じげんじ)にあります。慈眼寺は、浄土真宗本願寺派の寺院で、現在でも立派な寺容を誇っています。梵鐘の銘文によると室町時代の文明9(1447)年美作国長岡荘(現在の岡山県久米郡柵原町から美咲町)にあった上原寺の鐘として、鋳物師藤原右兵衛尉助弘によってつくられたことがわかります。この鋳物師の藤原氏は、藤原氏を名乗る百済(くだら)氏で、百済氏が作った中世の梵鐘は、他に岡山県津山市安国寺に現存するものと、この鐘しかなく、大変貴重なものです。
 百済といえば、西播磨地区は秦河勝(はたのかわかつ)との関係がいわれる地域です。お隣赤穂市坂越の大避(おおさけ)神社の祭神は、大避大神(秦河勝(はたのかわかつ))です。現在、大避神社の船祭りは国の無形民俗文化財に指定されています。船檀尻(ふねだんじり)など特異なものが多く残されています。
 慈眼寺の鐘は、戦国期の争乱を経て、英田(あいだ)郡土居村(現在の岡山県英田郡作東町)の土居八幡宮に移り、その後、明治11(1878)年に渡ったものとされています。