相生歴史巡検 PartⅡ大避山1号墳・若狭野古墳

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 9月25日(土)、秋晴れの快晴の中、松本恵司先生を講師に迎え、相生歴史巡検を行いました。古墳の最も早い時期(卑弥呼の箸(はし)墓(はか)古墳と同時代)と考えられる3世紀の前方後円墳である「大避山1号墳」に登頂しました。卑弥呼の時代から大きな前方後円墳を造ることを認められた強力な指導者がこの地にいたことにも驚かされました。
 大避神社の北側の民家横より、後円部の標高68.6mまで道なき道をかき分けて上がりました。古墳の前部の方部分・後部の円部分まで墳長約57m、後円部径約25m、前方部長約32mだそうですが、播磨最古級の古墳とされています。
 現在は、樹木によって見渡せませんが、当時は、後の矢野荘が見渡せる高台にあり、この地を 支配していた首長が自分のお墓から領地を見渡せるように作られたことがうかがえます。

 最後に、那波野古墳に少し遅れた、7世紀半ば過ぎの方墳である「若狭野古墳」です。若狭野公民館から民家の脇を通りぬけた山裾部分にありました。一番の特徴は、埋葬施設に横口式石槨(せっかく)が採用され、那波野古墳と違い玄室(石槨部)が羨道(せんどう)(通路部分)より小さく、奥の玄室の天井・床・壁部分は一枚石で造られていました。ただ、巨石で作られた古墳ですが、大きな人であれば横になれないくらいの玄室の大きさにはびっくりしました。

 松本先生の、相生歴史よもやま話を堪能し、ふるさと相生を振り返る素晴らしい一日になりました。巡検と古墳の詳細は、後日、HP等を順次作成していきますのでお待ちください。

相生歴史巡検 PartⅠ那波野古墳・塚森古墳

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 9月25日(土)、秋晴れの快晴の中、松本恵司先生を講師に迎え、相生歴史巡検を行いました。緊急事態宣言下のため人数を絞って、2年生5名・1年生5名の10名が参加しました。
 今年はテーマを「古墳巡り」とし、この相生市にも3~7世紀までの様々な古墳が残っており、貴重な巡検を行うことが出来ました。
 最初に、相生市立歴史民俗資料館を訪れ、中浜館長より、古墳とは何か?に始まり、古墳の形式の変遷を解説していただきました。古墳は昔の支配者のお墓だとは理解していましたが、その形式により時代やその支配者の力までわかると聞き驚きました。相生には、最古の様式である前方後円墳から終末期古墳の円墳・方墳まで貴重なものが残っており、その遺跡の簡単な解説をしていただきました。
 最初に訪れたのは、兵庫県内最大級の横穴式石室を持つ、7世紀の円墳である「那波野古墳」です。普段入り口は施錠されているのですが、今回は特別に中に入ることができました。入り口はしゃがんで進み、奥の広々とした玄室は3mもの高さがあるのには圧倒されました。

 那波野古墳から南を臨むと、明らかに古墳と考えられる小山が見えます。それが5世紀末頃の珍しい帆立貝形前方後円墳である「塚森古墳」です。那波野古墳・塚森古墳とも、当時この地を治めていた豪族が南側の主要街道である山陽道を見渡せるように作られたのが、よくわかります。全長90mともいわれて、相生市では最大規模の古墳であ り、草をかき分け後円部の部分に上がってきました。

さわやか挨拶運動

 9月21日(火)、緊急事態宣言中ではありますが、相生市の「さわやか挨拶運動」と連携する形で、「さわやか挨拶運動」を実施しました。

 素晴らしい秋晴れの中、朝7時前から数名が集まり、駅周辺のごみ拾い&草引きを実施しました。そのあと、相生駅北側ロータリーで、相生高校生徒会有志6名と教員4名で行いました。また今日は、浅井相生市教育長様もご参加くださいました。

 相生駅北側ロータリーでは、生徒会の元気な挨拶の声が響きわたる、「さわやか挨拶運動」を実施することが出来ました。