ぶらり相生第18号「播州相生焼」

 焼き物といえば、お隣岡山県の備前焼、佐賀県の有田焼・伊万里焼などが有名ですが、兵庫県内にも多数焼き物の窯業地が存在します。そのうち、日本六古窯の一つが篠山市の丹波立杭焼です。ちなみに他は岡山県の備前焼、愛知県の瀬戸焼・常滑焼、滋賀県の信楽焼、福井県の越前焼です。
 さて、相生高校が所在する播磨地方が、古代において日本の須恵器窯業地として最盛期を誇っていたことをご存じでしょうか?今も播磨地方には窯跡が数多く残っており、当時の状況を大いに物語ってくれます。神戸の神出窯跡、明石の魚住窯跡、そして相生にも那波の北西、入野に那波仁清窯跡、竜野藩の野田窯に陶土を供給していた那波野に那波野窯跡があります。合わせて古窯址が約200基余りといわれています。
 江戸時代には、海老名洪次が、相生の枝郷、古池に、文化10(1813)年、古池窯を興したことが「海老名古文書」に記されています。その後、明治初期には、営みがとだえることになってしまいます。
 平安時代に隆盛を誇った相生製品(壺・瓶など)は、西は九州・唐津、東は京都、南は四国・徳島まで流通していました。特徴は、製品上部に耳が二つある双耳壺であり、製品上部に出っ張った線が施されている突帯椀壺です。東播磨の神出・三木・魚住の東播窯が沈線椀であるのと対照的です。東播窯では、平安時代後期から末期の奈良・京都の大寺の瓦生産が大量に行われ、出土された瓦笵(型)から判明しています。
 最近、古代・中世の播磨の窯業に関する研究が進み、相生市内の入野地区、西後明地区、そして相高の北側の光明山地区に窯跡があったことが調査の結果、わかってきています。相生が冒頭の日本六古窯に匹敵する貢献をしていた痕跡です。
 また、江戸期の終わりから明治にかけて藩の窯が築かれてはいますが、窯業が衰退したことが幸いし、周辺には良質の陶土がまだ多く残されています。その陶土を用いた播州相生焼は、土味を活かした作品として制作されています。

さわやか挨拶運動

 2月9日(金)、氷点下-5℃、大寒波の影響で凍えるような寒さの中で、本校生徒会が山手1丁目自治会の方々と共に、相生駅北側ロータリーで「さわやか挨拶運動」を行いました。
 今年度から挨拶運動の前に駅周辺のゴミ拾いを行っています。校長先生も生徒会と一緒に、タバコの吸い殻を中心に多くのゴミを拾うことができました。一カ月に一度ですが、街のために何かできるということは、挨拶同様、達成感があります。
 生徒会と自治会の方の大きな挨拶の声が響きわたる、寒さの中にも元気が伝わる「さわやか挨拶運動」でした。