オーストラリア国際交流研修団(第5日) kuyper High school での研修が始まりました

 研修も5日目になりました。今日のシドニーのお天気は曇り時々雨。最高気温は18℃の予想ですが、日差しがないため、とても肌寒く感じます。昨日は日差しに恵まれ、最高気温は25度と初夏の陽気でした。生徒たちは、週末をホストファミリーと過ごし、今日からいよいよKuyper High schoolでの授業が始まりました。
 朝、8時過ぎに学校に登校した生徒たちは、久しぶりに日本語が喋れて本当に嬉しそうです。週末の話を聞くと、ホストファミリーとショッピングや観光を楽しんだようです。

 週末の出来事や、ホストファミリーの感想をまとめてみました。
  ・食事の分量が多い。朝食が2回もある
  ・朝食は毎日、シリアル。物凄く沢山の牛乳をかけるのに、牛乳は飲まない
  ・お腹いっぱいだけど、食事をどんどん勧めてくれる
  ・ブルーマウンテンに連れて行ってもらった(多数)
  ・動物園に行った(多数)
  ・BBQを楽しんだ
  ・喋る速度が早くて、会話が理解しにくい
  ・トランポリンや卓球、サッカーをした
  ・ビーチまでドライブした
  ・9時過ぎに寝てしまうので、ビックリした
  ・家族でうたったり、ダンスをするのが好き
  ・お米は美味しくない
  ・食事は食べやすくて美味しい

 学校に集合した後は全校集会で紹介をしていただきました。生徒代表が挨拶をした後、校歌を披露しました。これからどんな研修が始まるのか、生徒たちも楽しみにしています。

オーストラリアの治安等情報について

 7月29日、シドニーでテロ計画に係るニュースが流れました。本校においても、情報収集に努めているところです。
 現在、外務省海外安全ホームページ及び近畿日本ツーリストホームページによると、現地は危険スポットとしての注意喚起はない状況です。
 今後、新たな情報が入りましたら随時情報提供を行う予定です。
 保護者の皆様方におかれましても、ご心配のことと思います。外務省の「海外安全ホームページ」をご覧いただけたらと思います。よろしくお願いします。

オーストラリア国際交流研修団 ホストファミリーと

 昼食の後はKuyper Christian Schoolへいよいよへと向かいます。 渋滞のため30分ほど到着が遅れましたが、ホストファミリーの方に笑顔でお迎えして頂き、有難うございました。生徒たちは各家庭でホストファミリーと週末を過ごします。ちょっと緊張した面持ちで自己紹介をしていました。どのような話が聞けるか月曜日が楽しみです。

オーストラリア国際交流研修団 シドニー到着

 日本時間の午前1時に香港を出発。しばらくすると深夜にも関わらず機内食が出されました。機内食は食べずに眠っている生徒が多かったですが、何人かの生徒は、元気にアイスクリームのデザートまでしっかり食べていました。キャセイパシフィック航空の機内は、予想以上に寒く、あまり眠れなかった生徒も多かったようです。またお天気は良かったのですが、飛行機の揺れが非常に激しく、少し大変でした。
 そして相生を出発して約22時間。ようやくシドニーに到着です。検疫の厳しいオーストラリアでは食品の持ち込みが厳しく制限されており、少しドキドキの入国となりました。またオーストラリアは現在冬のため寒さを心配しましたが、意外に過ごしやすい気候で、日本の3月のような気候。暖かい日差しの中、旅行社のガイドさんの案内でシドニーを車窓から見学しましたが、初めて見るオーストラリアの景色は珍しいものばかり。皆、興味津々です。
 その後はオーストラリアで最初の食事をいただきました。オーストラリア料理の定番といえば、オージービーフ。少し量は多めでしたが、みんなしっかりと食べていました。これから研修を行う学校へと向かいます。

オーストラリア国際交流研修団 香港到着

 キャセイパシフィック航空は、香港からの機材の到着が遅れたため、1時間遅れで関西空港を出発しました。楽しみにしていた機内食は、マカロニのパスタ、あるいはシーフードカレーが選べました。生徒たちの感想は、「美味しかった」「マカロニが硬い」「パンが粉っぽい」と様々で、デザートのハーゲンダッツだけを食べたという生徒もいました。約3時間のフライトで香港に到着しました。しかし、着陸許可が出るまでに時間がかかったため、乗り継ぎ時間があまりなく、広い空港の中を駆け足で駆け抜け、なんとかシドニー行きのフライトに間に合いました。
 これから2週間の研修が始まりましたが、この研修を通して、研修生が語学力を高めるだけではなく、国際人として視野を広げ、さらに大きく成長してくれることを期待しています。

ぶらり相生第5号「江戸時代を彷彿とする原風景ここにあり」

 

 現在の兵庫県の領域には、江戸時代篠山藩、柏原藩、明石藩、小野藩、三草藩、姫路藩、林田藩、龍野藩、赤穂藩、安志藩、山崎藩、三日月藩、福本藩、尼崎藩が存在しました。さらに、幕府の直轄領も存在。

 右の写真は、若狭野町若狭野にある浅野陣屋跡です。浅野といえば赤穂義士で有名な浅野家を思い浮かべます。ここ浅野陣屋は、1671(寛文11)年、赤穂城主浅野長直の養子長恒が分家したことにはじまり、長恒は徳川幕府直参の旗本となり、若狭野に陣屋を構えました。知行は若狭野12ケ村3千石です。3千石の旗本宅としては豪壮で、1600㎡の敷地内に本宅・門・倉庫・馬屋・武器庫などが確認されています。

 ちなみに、お隣赤穂には大石邸長屋門が残されています。1701(元禄14)年に起こった元禄赤穂事件の大石内蔵助もここで生活をおくったとされています。1729(享保14)年の火災で主屋などの多くの建物が焼失しましたが、この長屋門だけは今に伝わっています。早水藤左衛門(はやみとうざえもん)と萱野三平(かやのさんぺい)が詳細を伝えるべくこの門を何度もたたき、大石内蔵助(くらのすけ)に事の次第を伝えたとされる歴史的舞台の一つです。

 ここ相生に世に有名な赤穂事件に関係する歴史文化遺産が、存在することは地域の宝です。

オーストラリア国際交流研修団 関西空港到着

 今日は暑い中、沢山の保護者の方にお見送りを頂き有難うございました。オーストラリア語学研修団は予定通り相生駅北ロータリーを出発し、17:00に関西空港に到着しました。夏休みで出国審査の混雑が予想されましたが、スムーズに出国審査を終えることができました。
 はじめて海外に行く生徒も多く、少し緊張した出国審査でした。現在は搭乗口で19時の出発を待っているところですが、出発が少し遅れそうです。
 

オーストラリア国際交流研修団 相生出発

 「第13回オーストラリア国際交流研修」は7月27日(木)から8月9日(水)までの14日間、シドニー郊外のKuyper Christian Schoolで行われます。
 集合場所である相生駅北ロータリーでは校長先生の挨拶のあと、研修生代表が研修の抱負を述べました。バスに乗り込み、午後2時前、保護者の方や本校職員に見送られて、予定通り相生を出発しました。16時過ぎに関西空港に到着し出国手続き後、香港経由でオーストラリアに向かいます。現地では英語だけでなく、文化や習慣など様々なことを肌で感じ、実りのある研修になることを願っています。

IHI工場見学

 41回生1年生自然科学コースの希望者生徒9名でIHI相生工場の見学に行きました。
 総合事務所内で会社の概要説明をしてもらった後、長袖シャツに着替えヘルメットを着用し、石炭燃焼施設、ロケット試験部門、桜ヶ丘工場の見学を行いました。それぞれの場所で専門のスタッフから丁寧な説明を受けました。最先端の極秘機密等もあり写真撮影はできませんでしたが、生徒たちはメモを取りながら、熱心に聞き入っていました。以下に生徒の感想を掲載します。

「IHI工場見学」              5組 男子
 ここに来るまでは、何をしているところだろうと疑問に思っていましたが、今回の見学でIHIのすごさを知ることが出来ました。特にロケット試験部門ではエンジンの燃焼試験を行っており、日本のロケット作りに大きく貢献していることがわかりました。また工場内では、すごい溶接技術で製品を作っておられ、とてもやりがいのある所だと思いました。

「IHI工場見学で面白かったこと」   5組 女子
 私がこの工場見学で展示スペースの模型がとても精密で、わかりやすく展示してありました。模型好きの私にはとても興味深いものでした。また溶接やパイプを曲げるときにパイプ内の空洞がつぶれてしまわないようにする技術もすごいと思いました。工場を間近で見ることが出来てとてもいい経験になりました。これからもこのような体験があれば参加したいと思います。

「自分のやりたいこと」         5組 男子
 IHIの工場見学の話が来たとき、これは行くべきだと思いました。なぜなら、これが自分の本当にやりたい事を見つけるきっかけになると思ったからです。IHIは相生高校から少し離れた場所にあります。最初にIHIの成り立ちなどの説明を受けた後、見学を行いました。そこで自分にとって未知の部分や興味を持った部分、こんなことをしてみたい部分を多く発見することが出来ました。

「貴重な経験」             5組 男子
 今回、IHIでは普段は入れない所を見学させていただきました。実際に仕事をされている様子や、実験映像を見させていただきました。これまでIHIの業務内容についてわかっていませんでしたが、詳しくわかりやすく説明していただきました。今回の工場見学に参加出来て良かったと思います。

相生歴史巡検(相生は歴史の宝箱) PartⅡ

 続いて、浅野陣屋(若狭野陣屋)の見学です。陣屋とは、江戸時代の小藩で、城のない大名の居所をいいます。忠臣蔵で有名な、赤穂浅野家の分家が若狭野に陣屋を構えたわけですが、南北に山が迫る相生の西端に、なぜこんな所にと思うわけですが、その地に立って見ると成る程と思うわけです。理由は一目瞭然、西国街道の通る狭隘の地で、領地の西の入り口に陣屋を置くことにより、交通の要衝を抑えることができたそうです。
 現在残っているのは、「ひょうごの100城マップ」にも出ている、陣屋の前にあったとされる札座(ふだざ)(藩札の作製等)であった法界庵が残り、その北側にあった陣屋門は、那波野の西法寺に移築されたそうです。
 左下の写真が法界庵で、国道2号線からも特徴的な屋根を見ることができます。

 法界庵の奥(北側)に、3000坪もの敷地を持つ陣屋があったそうで、今は広大な敷地が残り、敷地奥に神社が移設されている。神社西側のお堂の中に赤穂義士四十七士の中で唯一生き残った若狭野出身の寺坂吉右衛門のダルマが飾られています。神社東側には和泉式部の薬師堂が移設されて残っています。和泉式部が雨宿りしたしだれ栗は、西日本に2本しか残っていないそうで、その一本が、相生市の那波の得乗寺に今も残っています。